植村一紗(うえむらかずさ)、高校生。趣味は遊ぶこと歌うこと寝ること。高校生活を満喫して、近々好きな男の子に告白してつきあうことになるかも。そんな日々をこれからも生きていくはずだった。…そんな一紗を襲う運命とは!?
(amazonの内容紹介から引用させていただきました)
清家雪子さんの「まじめな時間」は2012年に発売された幽霊漫画。先日ブックオフで棚をひやかしているとき、何気なく表紙に惹かれてめくってみたら、名作でした。1巻の巻末にある4ページのおまけ漫画「フキと花」もとても良かったです。
以下、少しだけネタバレ含みます。
主人公の植村一紗が最初の1ページで交通事故にあって死亡、幽霊となるところからストーリーが始まります。
死後はみんな必ず幽霊となり、世界を眺め、自分の死を受け入れてから成仏するという設定。作中の台詞を引用させてもらうと「魂の冷却期間」のお話です。
ただこの作品は、”生と死”、”死との向き合い方”という重い設定を扱いながらも暗くなり過ぎず、読後感はどこか不思議な爽やかささえ感じます。
もしも自分が死んだら、家族や友人はどんな反応をするのか…。
序盤では、誰でも一度は考えるであろうそんなことを、実際に経験する一沙の様子に胸が苦しくなります。死んでからわかる家族の優しさ、友人たちの悼み、片思いの相手の様子…。どこにでも行ける自由な幽霊という立場で一沙はいろいろなことを知るのですが、何を知っても死んでからでは後の祭り。いまさら、いまさら、いまさら…見ているこっちが切なくなります。
しかし幽霊は一人じゃありません。そこら中に居ます。
死んでからのことを教えてくれる世話役や、非常に明るいおばちゃんやお年寄りがあちこちに居ます。多分、この漫画が暗くなり過ぎないのは死を扱っていても孤独を感じさせないからではないでしょうか。
「みんなの中で生きてたから、生きてるって感覚があった」という台詞が印象的でした。
中盤からクライマックスでは、一沙がお母さんに元気になってもらおうと奮闘します。
幽霊は基本的に現実にはほとんど干渉できない。しかしどうしてもお母さんが心配な一沙は、霊感のある恋敵や怨霊まで巻き込んで、なんとか自分の気持ちを伝えようとあがきます。周りの暇な幽霊たちも巻き込んで、死んだのに前向きに頑張る一沙。
その過程で、世話役の酒井や半怨霊の引き篭もり玉男にも影響を与えていきます。特に玉男の変化が良い。玉男にとっての一沙は天使です。
そして、詳しくは省きますが遂にミッションコンプリート。
お母さんが娘である一沙のことを語る場面で涙腺が崩壊しました。
それまで娘が死んだことを受け入れられずに涙も流せなかった母親が、ぽろぽろと語る一沙との思い出、好きなところを語る様子は、一沙への愛情と喪失感にあふれています。それを幽霊として聞いている一沙の気持ちを思うと…。
この辺は泣いてもいい場所で読むことをお勧めします。
その後は、全体的にエピローグ。
はじめは死んだことに対して納得できなかった一沙も、未練が減って静かに成仏を待っています。最後にもうひと仕事だけありますが、それは本編を読んでのお楽しみということで。
成仏間際の一沙は「いまは世界に対しては何もできないけれど、自分自身を変えることは出来る時間」と言います。
なんだかこの台詞は、生きている私たちに「世界に対して何かできるし、自分自身も変えられる、今はかけがえのない時間だよ」と伝えているような気がしました。
人が逝くこと、生きること、亡くなった人を想うこと…そういったことをまじめに考えてしまいました。僕も宗教観が薄い日本人だし、幽霊とかオカルトは苦手ですが、幽霊がこんな人生のロスタイムであるならそれも悪くないなと思います。
長々と書いてしまいましたが清家雪子さんの『まじめな時間』、名作なので是非。
(それと、余談ですがこの本を探して本屋を5軒くらいハシゴしました…。2巻完結と短いし映像化したわけでもないので部数少ないのもわかるんですが、ホント良い漫画なのでもっと入れてくれたら良いのに)