読書感想:海の見える街(畑野智美)

海の見える街

この街でなら、明日が変わる。海が見える市立図書館で働く20、30代の4人の男女を、誰も書けない筆致で紡ぐ傑作連作中編集。
(amazonの内容紹介から引用させていただきました)

表紙の美しさに惹かれて手に取った畑野智美さんの『海の見える街』。
あらすじも見ずに読み始めたのですが、個人的にとても好きな本になりました。

地方図書館の静かな日々が

舞台は海が見える地方図書館。そこで働く4人の男女の関係性を軸に物語は進みます。
結構重度な図書館通いの自分としては、その舞台設定だけでかなり惹かれるものがあります。
登場する4人とも強烈なキャラというほどではないけれど、丁寧に描写されているからどんな人物かすっと頭に入ってきます。

誰にでも優しいけれどぱっとしない本田さんや、本(サブカル含む)の虫である日野さん、仕事も性格も隙がないけれど誰にも言えない秘密を抱えた松田さん、派遣職員として図書館にやってきて皆の関係性を変えるギャルっぽい春香ちゃん。
この物語は4編の構成で、それぞれが主人公になり図書館での一年間が描かれます。

そして語り手ではないけれど登場人物に多大な影響を及ぼしている産休中の和泉さん。
物語として、和泉さんが産休に入ったから春香ちゃんが図書館に来るわけです。
本編の時間軸にはあまり登場しないのに4人に対する影響力は抜群。作中の言葉を借りれば見事に『質(タチ)の悪い女性』になっています。

個人的には4人の中では日野さんが一番魅力的でした。
こじらせた不器用な恋愛の顛末と心情が読んでいて楽しかった。
後半で見せる芯の強さも良い。こういう子、友達に居たら絶対楽しい。
春香ちゃんと打ち解けていく過程も見所です。大人になると友達作るのって難しいですよね。

松田さんも結構好きなんですが『金魚すくい』のラストが衝撃的でした。
どちらかと言えば地味で透明な雰囲気の日常の中で、彼だけはとんだ非日常に生きてました。

軽妙な会話と、涼しげな空気感

畑野智美さんの小説を読んだのは初めてですが、テンポの良い会話が小気味よくて
クスクスしながら読みました。特別な言い回しは無いんですけどね。なぜか面白い。
本田さんのずれた発言も、春香ちゃんと日野さんの直球の投げ合いも、ふとした会話が面白く最後まで飽きさせません。

図書館の仕事や街の様子などの情景も、過剰な表現なくすっきりとした描写が良い。
ふたりで語り合った防波堤も、子供で賑わう児童館も、日野さんと春香ちゃんが自転車で突っ込んだ砂浜も、目で見るように映像で浮かびます。
物語全体を包むどこか涼しな透明感が心地いい。

そのうち畑野さんの他の作品も手に取ってみようと思います。